長野地方裁判所飯田支部 昭和27年(わ)46号 判決 1960年8月18日
被告人 馬場甫 外一二名
主文
被告人神戸今朝人を懲役七年に、
被告人李達穆、同福沢甲子豊を各懲役六年に、
被告人小松義次を懲役五年に
被告人馬場甫、同田中源蔵、同金子陽一、同村田美芳、同梁在孝、同宮原光雄を各懲役四年に、
被告人山川信次、同西村幸男を各懲役二年六月に、
被告人伊藤秀雄を懲役二年に処する。
被告人李達穆、同小松義次、同馬場甫、同田中源蔵に対して、未決勾留日数中各六〇日を、
被告人福沢甲子豊、同村田美芳、同梁在孝に対して、未決勾留日数中各四〇日を、右本刑に算入する。
被告人山川信次、同西村幸男、同伊藤秀男に対して、本裁判確定の日からいずれも三年間右刑の執行を猶予する。
押収に係る導火線(燃焼済のため二分されているもの)一本(昭和二七年証第三七号の二)、空雷管一本(同号の四)、ウイスキー空瓶(半分に切つたもの)一個(同号の五)、硫酸入小瓶一個(同号の八)、液入りウイスキー瓶一本(同号の一一)、ボール箱(紙紐付)一個(同号の一四)は、これを被告人神戸今朝人、同李達穆、同小松義次、同馬場甫、同田中源蔵、同山川信次から、押収に係る八十二銀行辰野支店長に告ぐと題するビラ一枚(前同号の五四)は、これを被告人伊藤秀男から、没収する。
本件公訴事実中、
(一) 被告人神戸今朝人、同李達穆、同小松義次、同馬場甫、同田中源蔵、同山川信次が共謀の上昭和二七年四月二二日頃長野県上伊那郡辰野町大字辰野一、七九五番地被告人李達穆方において、治安を妨げまたは人の身体財産を害する目的をもつて同郡東箕輪村大字南小河内所在の国家地方警察長野県辰野地区警察署東箕輪村巡査駐在所に対し爆発物であるダイナマイトを装置してこれを爆破することを企図したが、共謀に止つたとの点、
(二) 被告人宮原光雄が馬場甫等と共謀の上、同郡辰野町所在右辰野地区警察署を焼燬することを企て、馬場甫等において同年四月三〇日午前二時過頃同署鑑識室東側の窓に時限発火式火焔瓶を装置し、現に人の住居に使用する同署を焼燬しようとしたが、その目的を遂げなかつたとの点
は、右被告人等はいずれも無罪。
理由
(罪となるべき事実)
昭和二六年九月八日のいわゆる対日講和条約は翌年四月二八日効力を発生し、わが国は独立を回復したが、この情勢の推移に応じて極左翼の暴力活動が過激化し、一部尖鋭分子の行動により全国的に集団的事犯ないし官庁等襲撃事犯が続発し、不安な社会情勢にあつたが、
被告人等は当時長野県上伊那郡辰野町及び同郡伊那町等に住所ないし勤務先を有した労働者、農民等であつて、日本共産党の上伊那地区における党員またはその同調者であるところ、
第一 右辰野町所在芝浦ミシン株式会社伊那工場の工員の有志によつて結成されていた芝浦ミシン伊那工場統一委員会は労働問題、社会問題を研究討議する会として発足したが、元同会社辰野工場の工員であつた被告人神戸今朝人はこの統一委員会を足掛りとして中核自衛隊なる実力行動を担任して権力機関等に対する革命的武力闘争を目的とする組織を結成することを計画し、昭和二七年四月初頃辰野町において右統一委員会の構成員である被告人馬場甫、同田中源蔵(当時渡辺源蔵)等と共に辰野町愛国闘志団と称する中核自衛隊を結成した上、同年四月二二日夜辰野町大字辰野一、七九五番地被告人李達穆方居宅二階において、右隊員である被告人田中、同馬場等及び被告人神戸、同李、同小松義次、同山川信次が参集し、被告人神戸が中心となつて前記芝浦ミシンの事業不振、辰野町林楽器株式会社の工場閉鎖等辰野町及びその周辺の不況にある経済情勢ならびに一般社会情勢を批判討議した際、同被告人は大衆の立上り復興を妨げる警察署税務署の権力機関を火焔瓶またはダイナマイトを使用して襲撃することを提案したところ、一同これを承諾してここに被告人神戸、同李、同小松、同田中、同馬場、同山川は共謀の上治安を妨げる目的をもつて被告人李、同小松が実行担当者として国家地方警察長野県辰野地区警察署辰野駅前巡査派出所に対し爆発物であるダイナマイトを使用してこれを爆破し、及び被告人田中、同馬場において右辰野地区警察署に対し火焔瓶を装置してこれを焼燬することを企て、右共謀に基き
(一) 被告人李、同小松は氏名不詳の男一名と共に同年四月三〇日午前一時過頃半分に切つて土を詰めたウイスキー空瓶に四五グラムダイナマイト三本を埋め、その一本に導火線を付した雷管を装着し、導火線の他端に発火薬として産制用ゴムサツクを二重にして中に塩素酸カリと砂糖の混合物を入れたものを糸で結着したもの(昭和二七年証第三七号の一ないし七)及び濃硫酸入り小瓶(右同号の八)をもつて、右発火薬の部分を濃硫酸の小瓶に差し込めば濃硫酸によりゴムサツクが溶解し塩素酸カリとの化学反応により発火し導火線を燃焼させてダイナマイトを爆発させる構造をなす時限発火式ダイナマイトを携えて、辰野町大字辰野一、九四八番地所在前記辰野駅前巡査派出所前に到り、もつて同所において治安を妨げる目的で爆発物を所持し、
(二) 被告人田中、同馬場は同日午前二時過頃、前夜被告人李から交付されたウイスキー瓶に濃硫酸とガソリンを入れ瓶口に産制用ゴムサツク二枚(その外側一枚に被告人馬場が穴をあけたもの)を重ね中に塩素酸カリと砂糖の混合物を入れたものを装着し、瓶を逆にすれば濃硫酸がゴムサツクを溶解して塩素酸カリと反応して発火しガソリンに引火する構造をなす時限発火式火焔瓶(前同号の一一ないし一四)を携えて、同町大字伊那富二、五八一番地前記辰野地区警察署に赴き、同署鑑識室東側の窓硝子と鉄格子の間に右火焔瓶を逆にして置き、もつて右作用によりガソリンに引火して現に人の住居に使用する建造物である同警察署を焼燬しようとしたが、直ちに警戒中の同署員に発見除去されたため、その目的を遂げず
第二 被告人神戸、同李、同福沢甲子豊(当時市瀬甲子豊)、同村田美芳、同宮原光雄は同年四月二六日同郡伊那町大字伊那部四、八四〇番地金甲竜方に会合し、その席上被告人神戸は前記四月二二日被告人李方における会合において前記各襲撃の決定がなされたことを説明し、上伊那地区一円にわたり実行すべく伊那町等においてもこれと呼応して駐在所税務署を前同様襲撃することを提案し、一同これを承諾して、こゝに右被告人五名は共謀の上治安を妨げる目的をもつて被告人福沢において被告人梁在孝と共に上伊那郡美和村非持巡査駐在所に対しダイナマイトを使用してこれを襲撃し、被告人村田において伊那税務署に対しダイナマイト及び火焔瓶を使用して襲撃し、また被告人神戸及び同李の人選する者をして同郡東箕輪村巡査駐在所に対しダイナマイトまたは火焔瓶をもつて襲撃することを企て、右共謀に基き
(一) 被告人李、同小松は同年四月二八日夜上伊那郡中箕輪町木下所在の南洙学方において、被告人金子陽一に対し、右金甲竜方における各襲撃の決定を告げて同被告人に東箕輪村駐在所襲撃を担当すべきことを要求し、同被告人もこれを承諾して、被告人李、同小松、同金子は治安を妨げる目的をもつて被告人金子において右駐在所をダイナマイトを用いて襲撃することの共謀を遂げた上、同年四月三十日午前三時三〇分過頃被告人金子は前日被告人小松から交付された導火線の先端に第一(一)記載と同一構造の発火薬を結着し、導火線の他端はダイナマイトに装着した雷管に付着させた時限発火式ダイナマイト一本及び濃硫酸入りインク瓶を携えて、上伊那郡東箕輪村字南小河内三、一五六番地の一所在前記辰野地区警察署東箕輪村巡査駐在所に赴き、同駐在所表玄関前において右時限発火式ダイナマイトの発火薬部分を右濃硫酸入り瓶に差し込み、第一(一)記載の如き化学反応により右ダイナマイトを爆発せしむべく装置した上これを同所に置き、もつて治安を妨げる目的をもつて爆発物を使用し、よつて同日午前五時過頃これを爆発せしめ
(二) 被告人福沢は同年四月二七日頃上伊那郡伊那町宮本町の被告人梁在孝方において、同人に対し前記金甲竜方における謀議内容を説明して同被告人も被告人福沢と共に前記非持巡査駐在所を襲撃することに決定した旨を告げ、被告人梁もこれを承諾して、こゝに被告人福沢、同梁は治安を妨げる目的をもつて同駐在所をダイナマイトを使用して襲撃することの共謀を遂げた上、被告人両名は同月二九日夜サイダー瓶様の空瓶にダイナマイト一本を差し込み、これに第一(一)記載と同一構造の発火薬ならびに雷管の付着した導火線を装着した時限発火式ダイナマイト及び濃硫酸入りのインク瓶を携えて、上伊那郡美和村大字非持四八二番地所在の国家地方警察長野県高遠地区警察署美和村非持巡査駐在所附近に赴き、翌三〇日午前零時過頃同駐在所表側縁下に右発火薬部分を濃硫酸の瓶中に差し込み前同様の化学反応によりダイナマイトを爆発せしむべく装置してこれを置き、もつて治安を妨げる目的をもつて爆発物を使用し、よつて同日午前一時四〇分頃これを爆発せしめ、
(三) 被告人村田は同年四月二九日伊那町において被告人西村幸男に対し、前記金甲竜方における伊那税務署襲撃の計画を説明して実行を共にすることを勧誘し、被告人西村もこれを承諾してこゝに被告人村田、同西村は治安を妨げる目的をもつて伊那税務署に対しダイナマイト及び火焔瓶を使用してこれを襲撃することの共謀を遂げた上、同月三〇日午前零時過頃被告人村田は同福沢から入手した前記第一(二)記載と同一構造をなす時限発火式火焔瓶二本を、被告人西村は同村田がガラス空瓶に砂を詰め中にダイナマイト二本を差し込んで、うち一本に前記第一(一)記載と同一構造の発火薬ならびに雷管の付着した導火線を装着した時限発火式ダイナマイト及び濃硫酸入りインク瓶を夫々携えて同町大字伊那所在の伊那税務署構内に到り、もつて同所において治安を妨げる目的をもつて爆発物を所持し、
第三 被告人伊藤秀男は
(一) 株式会社八十二銀行辰野支店長を脅迫しようと企て、同年四月二〇頃同郡辰野町天竜書房において、自ら原稿を作り被告人小松等をして「八十二銀行辰野支店長に告ぐ、アメ帝の支配の下に八十二銀行辰野支店長は辰野町の芝浦みしん、林楽器、商店から冷酷な収奪をやつて来た、更に君は金を貸してくれとの労働者商人の血の叫びに対して日本人のツラを下げながら黙視して来たのだ、君は断呼として日本人としての責任を追及され処断されるべき人間である、だが唯一つ日本人として生きる道を与へる、一、芝浦に復興資金一億円を貸出せ、一、林楽器の没収物件は即時返済せよ、一、商店にありつたけの金を全部貸せろ、これを実行することだ、君がこれを実行しなければ君はアメ公の手先として祖国日本と国民の名に於て処断されるであろう、火なわとダイナマは君の決断を待つているのだ。ホタル自衛隊」なるビラ(前同号の五四)を作成させ、同月二一日同町所在前記辰野支店表入口戸袋の下部にこれを掲示させて同支店長黒沢末重をしてこれを了知せしめ、もつて要求に応じないときは同人の生命身体に対し害を加うべきことをもつて同人を脅迫し、
(二) 同年四月二三、四日頃被告人李、同小松から前記第一記載の如き辰野地区警察署を火焔瓶をもつて襲撃すること等を聞知し、更に同月二七日頃被告人馬場から同人等において右実行行為をなすべきことを告げられてこれを確知したが、翌二八日夜同町天竜書房において被告人馬場から被告人李、同小松に対して前記犯行に使用すべき火焔瓶を明朝一時に前記芝浦ミシン伊那工場の塀に吊して置くよう伝言方を依頼されて、被告人李同小松にその旨伝え、更に同李から火焔瓶入手のために明朝同人方へ来るべきことの連絡文を託されて、これを前記伊那工場の塀に吊して連絡に当り、被告人馬場が前記第一(二)の犯行に供した火焔瓶を被告人李から入手せしめ、もつて被告人馬場等の右犯行を容易ならしめてこれを幇助し
たものである。
(証拠)(略)
(法令の適用)
被告人馬場甫、同田中源蔵、同李達穆、同小松義次、同山川信次、同神戸今朝人の判示第一(一)の所為は爆発物取締罰則第三条刑法第六〇条に、右被告人等の判示第一(二)の所為は刑法第一〇八条第一一二条第六〇条に、被告人李、同福沢甲子豊、同村田美芳、同宮原光雄、同神戸、同小松、同金子陽一の判示第二(一)の所為は右罰則第一条刑法第六〇条に、被告人李、同福沢、同村田、同宮原、同神戸、同梁在孝の判示第二(二)の所為は右罰則第一条刑法第六〇条に、被告人李、同福沢、同村田、同宮原、同神戸、同西村幸男の判示第二(三)の所為は右罰則第三条刑法第六〇条に、被告人伊藤秀男の判示第三(一)の所為は刑法第二二二条第一項罰金等臨時措置法第二条第三条に、同被告人の判示第三(二)の所為は刑法第一〇八条第一一二条第六二条第一項に各該当する。
被告人馬場、同田中、同李、同小松、同山川、同福沢、同村田、同宮原、同神戸の各所為は刑法第四五条前段の併合罪であるから、各所定刑中有期懲役刑を選択し被告人馬場、同田中、同李、同小松、同山川、同神戸の判示第一(二)の罪については刑法第四三条本文第六八条第三号により未遂減軽をした上同法第四七条第一〇条第一四条により、被告人馬場、同田中、同山川については重い判示第一(一)の爆発物所持罪の刑に、被告人李、同小松、同村田、同宮原、同神戸については最も重い判示第二(一)の爆発物使用罪の刑に、被告人福沢については最も重い判示第二(二)の爆発物使用罪の刑に、夫々法定の加重をした上、
被告人伊藤の所為は刑法第四五条前段の併合罪であるから、所定刑中いずれも有期懲役刑を選択し判示第三(二)の罪につき刑法第六三条第六八条第三号により従犯の減軽をした上、同法第四七条本文但書一〇条により重い判示第三(二)の罪の刑に法定の加重をした上、
被告人金子、同西村、同梁については各所定刑中有期懲役刑を選択した上、
被告人馬場、同田中、同神戸を除いたその他の被告人につき、情状憫諒すべきものがあるから刑法第六六条第六七条第七一条第六八条第三号により酌量減軽をなし、以上の各処断刑の範囲内で、被告人等を夫々主文の刑に処し、
被告人馬場、同田中、同李、同小松に対しては刑法第二一条を適用して、未決勾留日数中各六〇日を、被告人福沢、同村田、同梁に対しては同条を適用して未決勾留日数中各四〇日を、各本刑に算入する。
被告人山川、同西村、同伊藤に対しては情状により、刑法第二五条第一項第一号により、本裁判確定の日からいずれも三年間右各刑の執行を猶予することとする。
押収に係る導火線(燃焼済のため二分されているもの)一本(昭和二七年証第三七号の二)、空雷管一本(同号の四)、ウイスキー空瓶(半分に切つたもの)一個(同号の五)、硫酸入小瓶一個(同号の八)は、被告人馬場、同田中、同李、同小松、同山川、同神戸の判示第一(一)の犯行に供しようとした物、押収に係る液入ウイスキー瓶一本(前同号の一一)、ボール箱(紙紐付)一個(同号の一四)は右被告人六名の判示第一(二)の犯行に供した物、押収に係る八十二銀行辰野支店長に告ぐと題するビラ一枚(前同号の五四)は被告人伊藤の判示第三(一)の犯行を組成した物件で、いずれも犯人以外の者に属しないから、刑法第一九条を適用して右各被告人からこれを没収することとする。
なお訴訟費用については、被告人等はいずれも貧困のためこれを納付することができないものと認めて、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により、被告人等には負担させない。
(爆発物取締罰則第二条の適用について)
判示第一(一)の事実に対する起訴は、被告人李、同小松は判示辰野駅前巡査派出所附近に赴きダイナマイトを使用せんとした際発覚したものであるとして、関係被告人全員について爆発物取締罰則第二条に該当するものとし、また判示第二(三)の事実に対する起訴は、被告人村田、同西村の両名は判示伊那税務署宿直室附近に赴きダイナマイトを使用せんとした際発覚したものであるとして、関係被告人全員について前同様右罰則第二条に該当するものであるとするのであるが、当裁判所は以下に述べる理由によつて右両事実はいずれも罰則第二条に該当しないものと考え、単に同罰則第三条が成立するにすぎないものと認めて判示の如く認定した。
一 罰則第二条は「前条ノ目的ヲ以テ爆発物を使用セントスルノ際発覚シタル者」と規定している。この「使用セントスルノ際」という文言は、講学上いわゆる企行犯といわれるもの、すなわち予備陰謀の段階にあるものをも処罰せんとするものの一種であるかの如く、少くとも第一条の未遂の外に実行の着手に近接した予備の段階をも含むかの如く見える。
しかし罰則には第三条として第一条の予備に該当する規定及び第四条に陰謀に関する規定があること、ならびに罰則布告当時施行されていたいわゆる旧刑法(明治一三年七月一七日太政官布告第三六号)の関係条文(旧刑法第七条、第六七条、第一一二条、第一一三条等)に基き大正七年法律第三四号による改正前の罰則第一条、第二条の各刑を対照すると、第二条の刑(無期徒刑または有期徒刑)は第一条の刑(死刑)を右旧刑法の規定により未遂減軽をした刑であることを考え合せると、第二条は第一条の未遂罪いわゆる着手未遂を独立罪として特別に規定したものと解すべく、従つて第一条の予備にあたる行為はたとえ未遂に接着した最終的な段階に至つた場合にも「爆発物ヲ使用セントスルノ際」に該当しないと解される。
二 罰則第二条を右の如く解すれば、第二条の「使用セントスルノ際」とは、表現を変えれば第一条の犯罪の実行に着手することである(刑法第四三条)。第一条の犯罪の実行とは爆発物を使用すること、すなわち爆発物を爆発すべき状態におくことであるから、かゝる行為に着手すれば第二条に該当する。ところで実行の着手の概念について、周知のように主観説と客観説の立場から種々いわれているけれども、実質的に考えれば結局客観的にみて直接法益侵害(結果発生)の危険がある行為をなした場合に実行の着手があつたというべきである。実行行為またはこれに直接密接する行為があつた場合に実行の着手があつたという如きも、行為の外形をとらえて右に述べた危険があるものとなすのに外ならない。
三 さて以上の考察に基いて前記本件各事実を見るに
1 判示第一(一)に関する前掲証拠によれば、被告人小松、同李は氏名不詳者と共に判示目的をもつて判示辰野駅前巡査派出所に赴き、被告人李は風呂敷包の判示ダイナマイトを所持して同派出所より約一六メートル離れた道路角に潜み、被告人小松と氏名不詳者は順次派出所前道路から同所内部の様子を覗き込んだところ、附近に警戒中の警察官に誰何されたためいずれも逃走したものであり、爆発物使用の予備の段階にあつて未だ爆発物使用に直接密接する行為に出たものとはいゝ難く、行為の危険性という点についても直接的なものとは認めがたい。
2 判示第二(三)の伊那税務署の関係も同様であり、関係証拠によれば、被告人村田、同西村は判示目的をもつて同西村が判示ダイナマイトを所持して同税務署南角附近の道路上で見張りし、同村田が判示火焔瓶を持参して同署構内に侵入したところ、先ず被告人西村が警戒中の同署員に発見誰何されて逃走し、被告人村田が同建物の側まで進んだがその装置場所につき被告人西村と相談するため引き返したところを同署員に誰何されて逃走したものであつて、前同様予備の段階にあり、未だ爆発物使用の着手に至らないものである。
四 しかしながら、右被告人等の所為が罰則第三条の爆発物所持罪に該当することは明らかであり、前記本件両事実の訴因は右所持罪の訴因を含んでいるものと認められるから、前に述べた如く両事実につき無罪の言渡をすべきものではなく、第三条違反として処断すべきである。
(無罪の分について)
一 被告人馬場、同田中、同李、同小松、同山川、同神戸に対する本件公訴事実中、右被告人等が共謀の上昭和二七年四月二二日頃被告人李の肩書住居において、治安を妨げまたは人の身体財産を害する目的をもつて長野県上伊那郡東箕輪村大字南小河内所在の判示辰野地区警察署東箕輪村巡査駐在所に対し爆発物であるダイナマイトを装置してこれを爆破することを企図したが、共謀に止つたものであるとして、これは爆発物取締罰則第四条に該当するとの点(被告人馬場、同田中、同李、同小松に対する昭和二七年五月二一日附、被告人山川に対する同年五月二九日附、被告人神戸に対する昭和二九年一一月一日附各起訴状第一事実及び右被告人等に対する昭和三〇年五月二三日附各訴因変更請求書)については、右各起訴状の記載によつて右の共謀は判示第一事実冒頭に認定した昭和二七年四月二二日夜の被告人李方における判示辰野地区警察署及び同署辰野駅前巡査派出所に対する各襲撃の共謀と同時になされたものであるとすることは明らかである。
しかして右判示第一事実冒頭の被告人李方における謀議の認定に供した前掲証拠特にその3ないし7の各証拠によれば、右謀議において辰野地区警察署及び辰野駅前巡査派出所の外、東箕輪村巡査駐在所をも襲撃の対象として論議し、右駐在所に対しては被告人山川をして実行の任に当らしめることに決定したことを認めることができる。しかしまた右証拠によれば、右駐在所に対する襲撃の計画はまだ十分に具体化せず、殊に襲撃の方法としてダイナマイトは使用せず、火焔瓶を用いることを予想していたことが認められる。
検察官も右火焔瓶が爆発物取締罰則にいう爆発物に該当すると主張するものでないことは、判示第一(二)の事実に対し放火未遂罪として訴追していることから明らかであるから、前記の如くダイナマイトを使用して東箕輪村巡査駐在所を襲撃する謀議が成立したものと認めることができない以上、右謀議が罰則第四条に該当しないことはいうまでもない。この点については犯罪の証明がないというべきである。
二 被告人宮原に対する公訴事実中、同被告人が馬場甫等と共謀の上判示辰野地区警察署を焼燬しようと企て、馬場等において判示第一(二)記載の如き犯行に及んだものとして、刑法第一〇八条第一一二条に該当するとの点(昭和二七年九月八日附起訴状第二事実)については、これを認定しうる証拠が十分でない。
すなわち検察官の立証によれば、昭和二七年四月二七日頃辰野町小沢より子方において被告人宮原、同馬場、同伊藤の間に右の共謀がなされたというのである。そして右日時場所において右被告人等が会合したこと及び被告人宮原の言により襲撃の日が一日繰り上つて同年四月二九日夜となつたのを被告人馬場が知つたことは前掲証拠5、9、10によつて認めうるのであるが、右証拠によつても被告人宮原が判示辰野地区警察署襲撃に自から加担する意思をもつて行動したものと認めることはできず、他にこれを確知しうる証拠はない。従つて同被告人に対して判示第一(二)記載の放火未遂罪の共同正犯の責任を問うことはできない。以上の二点については、各被告人に対し刑事訴訟法第三三六条後段に従い無罪の言渡をすべきものである。
(弁護人被告人の主張に対する判断)
第一本件は違法性がないとの主張について
弁護人及び被告人等は、米帝国主義を背景とする吉田政府の弾圧政策によつて人民の生活が窮迫し、人民の生きる権利が侵害されまたは暴力権力により抑圧される場合、人民は生活を守るために団結して国家権力就中警察税務署に対して実力行使により抵抗する権利があるとか、労働者が首切工場閉鎖に反対の運動をすると警察は不法な弾圧を加えてくる、これに対して抵抗することは正当な行為または緊急避難正当防衛であるとか、また駐在所爆破は重税にあえぐ一般大衆の正当な行為である等と主張して、本件は何人がなしたとしても違法性がないと主張する。
しかし、右主張はその前提となるべき事実を認めるに足る何等の証拠がないか、独自の見解に基くものであつて、すべて採用できない。
第二公訴棄却の申立について
弁護人は、検察官は当初謀議に参画したのみで実行行為に出なかつた者には他の者が実行行為に出たとしても、爆発物取締罰則第四条が適用されるとの解釈で各被告人を起訴したが、被告人神戸を起訴するに際し、共謀共同正犯の理論をもつてかかる場合に右罰則第四条の適用を否定し第一条または第二条に該当すると見解を改めて以後、同じ見解の下に昭和三〇年五月二三日各被告人に対し訴因変更または追起訴に及んでいる。かような起訴方針の変更は日本共産党内における被告人等の立場を処罰することを企図したもの、すなわち日本共産党の政策、組織を訴追するものであつて明らかに政治的意図をもつた起訴である。このような起訴は被告人等の政治的信条の処罰を目的とするものであつて、憲法第一九条思想及び良心の自由はこれを侵してはならないとの規定に違反する起訴であつて、刑事訴訟法第三三八条第四号に該当し無効であるから公訴棄却を申し立てると主張する。
各被告人に対する本件公訴の提起及びその後における訴因変更、追起訴が弁護人の主張する通りであることは本件記録によつて明らかであるけれども、右訴因変更追起訴は検察官の釈明する如く(第三三、第三四、第三五回各公判)、法規の解釈とこれによる起訴の整理統一に基くものと認むべく、弁護人の主張するような政治的意図の下になされたと認むべき何等の証拠もないから、右申立は前提を欠くものであつて採用できない。
第三爆発物取締罰則の適用は不当であるとの主張について
一 爆発物取締罰則無効論
弁護人は爆発物取締罰則(以下単に罰則という)は明治一七年太政官布告として制定され、当時の自由民権運動を弾圧する意図をもつたもので、目的罪であり、その治安を妨げる目的とは主権が天皇にあるところの治安を妨げることを意味する。
従つて主権在民となつた今日においては当然その存在は否定さるべく治安維持法等旧時代の治安立法と共に廃止さるべきものであつた。かかる罰則の適用は憲法第一一条、第一九条、第三一条に違反するとか、罰則は罪刑法定主義に違反しその極端な厳罰主義と相まつて、憲法の保障する自由と人権を不当に制限する違憲の立法であると主張する。
しかし、罰則制定の趣旨が弁護人主張の通りであつたとしても、罰則がその制定の形式に拘らず新憲法下にあつても法律として効力を有することは最高裁判所の認めるところである(昭和三四年七月三日第二小法廷判決、最高裁判所刑事判例集第一三巻第七号第一〇七五頁)。そして判示事実に適用した罰則第一条及び第三条の内容についてみても、それが目的犯であることは各規定から明らかであるが、単なる目的ないし意図を処罰しようとするものではなく、所定の目的をもつて所定の行為をなすことを処罰するものであるから、何等憲法第一一条第一九条に違反するものではない(なお罰則第四条についても、前記の如く本件においてその事実を認めないのであるが、右と同様の理由でこれを合憲と考える)。また、およそ爆発物ほど人命財産を殺傷破壊する力の強大なものはなく、一度これが不法に使用されるときはその損害は甚大であり、社会の秩序治安に及ぼす影響も極めて大なるものがあるから、罰則がこれに対して厳罰をもつて臨んでいることは理由のないことではないから、右罰則第一条第三条の各所定刑をもつて直ちに憲法の保障する自由と人権を侵害する違憲の立法であると認めることはできない。従つてこれらの規定を適用することが憲法第三一条に違反するものでないこともいうまでもない。
二 罰則第一条と共謀共同正犯の理論
弁護人は仮に罰則が有効であるとしても、罰則第一条に共謀共同正犯の理論を適用すべきではない。何故ならば刑法第八条によれば他の刑罰法令に特別の規定があるときは刑法総則の適用がないことを規定しており、罰則第四条に「第一条ノ罪ヲ犯サントシテ脅迫教唆煽動ニ止ル者及ビ共謀ニ止ル者」の処罰を規定しているのであつてこれは刑法第六〇条の特別規定である。従つて単に謀議に参加したに止まり実行々為に出ない者は第四条に該当するのであつて(すなわち第四条は共謀者中の何人も実行行為に出なかつた場合の規定ではなく――かかる規定は違憲である――ある者は実行行為に出、ある者は実行行為に出なかつた場合、後者を前者より軽い刑罰を科する趣旨の規定である)、これを刑法第六〇条により、しかも共謀共同正犯の理論(この理論は憲法に違反するものである)によつて第一条に該当するとするのは法の適用を誤るものであると主張する。
しかし当裁判所は罰則第四条に関する弁護人の主張に賛同できない。第四条は刑法共犯の規定の例外を規定した刑法第八条にいわゆる「特別ノ規定」ではなく、実行行為がなかつた場合においても共謀、教唆等をした者を独立犯として処罰せんとするものであつて、かかる共謀者の一員(または被教唆者等)が実行行為に及んだ場合は実行者はもとより第一条で処断されるが、実行行為に出なかつた共謀者(または教唆者等)は第一条の共犯として刑法第一編第一一章の適用を受けるものと解する。
すなわち第四条は講学上教唆の未遂といわれるものをも律した規定である。なるほど通常の場合教唆の未遂つまり被教唆者が実行行為に出なかつた場合は処罰されないが(共犯独立性説をとる学者はこれを肯定するけれども)、特に重大な犯罪についてかような場合も教唆者を罰する特別の規定を設けることは立法政策の問題であつて、共犯独立性説をとるか従属性説をとるかいずれの立場をとるにしろ、かかる規定を単なる注意規定とするか例外の規定と見るかの相異があるに止まり、規定の存在を否定するものではない。
このことは共謀は成立したが共謀者中の何人も実行行為に出なかつた場合に、その共謀自体を罰する規定を設けることにそのまゝあてはまることであり、第四条の「共謀ニ止ル者」とは正にかかる場合の規定である。共謀という以上単なる内心の出来事(思想内容)を処罰するものではないから、近代刑法の基本原則に反するものではなく、憲法に違反する点もないことは前項で述べた如くである。
ところで共謀共同正犯の理論は最高裁判所の判例が広く認めているところであり、罰則第一条違反の罪についても刑法第六〇条の適用があることは既に述べた如くであるから、共謀共同正犯の理論の適用されることもいうまでもない。しからば右理論の適用される場合共謀のみに参加し実行行為を分担しない者も罰則第一条第三条の共同正犯として処断されるものであることも明らかである。
三 本件ダイナマイトは爆発物に該当しないとの主張等について
弁護人は、罰則にいわゆる爆発物とは爆発作用そのものによつて治安を妨げる性能を有していることを要するのに、本件ダイナマイトは到底かかる性能を有しないと主張し、また被告人等の自供調書によつても被告人等に治安を妨げまたは人の身体財産を害する目的はなかつたと主張する。
罰則にいわゆる爆発物とは、その爆発作用そのものによつて公共の安全をみだしまたは人の身体財産を傷害損壊するに足る破壊力を有するものでなければならないが、等々力栄一郎の供述及び同人作成の鑑定報告書(前掲証拠16イロ)ならびに鑑定人山本祐徳作成の鑑定報告書(前掲証拠33イ)中の導火線及びダイナマイト関係の各記載によれば、本件ダイナマイトが右の如き破壊力を有することは明らかであり、罰則にいわゆる爆発物に該当することは他言を要しない。
また被告人等が治安を妨げる目的をもつて本件犯行に及んだものであることについては、判示犯行の動機及び警察税務署に対する一齊襲撃の意図によつて充分これを認めることができる。
第四本件は警察のデツチ上げであるとの主張について
弁護人及び被告人は、本件は日本共産党を弾圧するためのデツチ上げであるとか、警察は事前にスパイを使つて探知していたと主張する。
しかし本件が被告人等の犯行であることは前掲証拠によつて明らかであつて、警察が日本共産党を弾圧するためにデツチ上げたものであるという証拠は全くない。たゞ当時警察が事前に情報を得ていたことは、証人として取り調べた警察職員の証言により明らかなように判示第二(二)の美和村非持巡査駐在所以外の場所はすべて犯行当夜これを警戒していた事実からみても推測するに難くないが、警察がスパイを使つてこれを探知したのか、また判示第一(一)の辰野駅前巡査派出所事件の判示氏名不詳者がスパイであつたのかどうかは判明しがたい。しかもたとえスパイがいたとしても、そのスパイによつて本件が計画されたという何等の証拠もないから、被告人等の刑事責任に消長を及ぼすものではない。
第五自白調書は任意性がないとの主張について
弁護人及び被告人馬場等は、被告人等の自白調書は警察官検察官の拷問脅迫、利益供与の約束と誘導により自白を強制されてでき上つたもので、任意性がないと主張する。
被告人馬場、同田中(渡辺)、同山川、同伊藤、同金子、同福沢(市瀬)、同西村、同村田、同梁の前掲証拠欄に記載した各供述調書は自白調書であるが、これらの自白調書の任意性の有無に関して取り調べた証人西村篤己、同荒井幸雄(以上第一七回証拠調期日調書)、同木村安雄、同中島実三、同西沢篤志(以上第一八回証拠調期日調書)、同川又正心、同関貞夫(以上第一九回証拠調期日調書)、同青木雪雄、同唐沢郁英、同真島理一郎(以上第二〇回証拠調期日調書)、同中村泰次、同洞口拓佑(以上第二一回証拠調期日調書)の各供述記載によれば、右被告人等の取調にあたつて拷問脅迫はもとより、その他の方法で自白を強制した点は認められず、これらの自白はいずれも予め供述を拒むことができる旨を告げられた上で述べたもので、且つこれを録取して読みきかせられ各被告人も誤りがないことを認めて自ら署名指印したものであることは各供述調書に徴して明らかであるのみならず、内容に徴するもその任意でないことを疑うべき廉を見出し難い。その他諸般の情況を総合すれば、右被告人等の各供述は任意にされたものであると認められる。
第六アリバイの主張について
被告人神戸等は、判示第二記載の昭和二七年四月二六日の金甲竜会談というものは存在せず、各被告人ともこれに出席せずアリバイがあると主張するけれども、これに沿う各証人及び各被告人の供述は前掲証拠に照し措信し難い。
第七濃硫酸の濃度について
弁護人及び被告人は、本件時限発火式ダイナマイト、同火焔瓶は、使用された濃硫酸が産制用ゴムサツクを浸透溶解する能力がないから、濃硫酸とゴムサツク中の発火薬との化学作用による発火は起らない。従つて本件ダイナマイトが爆発し、火焔瓶が燃え上つたということは、何者か恐らく警察官がマツチ等で点火したためである。すなわち山本鑑定によれば、濃度八五―八六%以下の濃硫酸をルーデサツクに二時間接触させてもこれを破ることはないのであるが、等々力鑑定によると証拠として提出された瓶入りの濃硫酸は有栓でその濃度は昭和二七年五月二二日鑑定の日において八二・四四%であり、藍原鑑定によれば有栓の場合の濃硫酸の吸湿度は六日間に〇・二%であるから、右五月二二日から遡つて本件発生の日までの二二日間の吸湿度合は一%以下であつて、本件発生当時の濃度は到底八五%に達しない。しかるに検察官は本件発生当時の濃硫酸の濃度は九二―九四%であつたと主張し、しかも東箕輪村巡査駐在所爆破事件について装置から爆破まで二時間半、美和村非持巡査駐在所爆破について同じく一時間四〇分の時間を要したと主張するのであつて、これは山本鑑定の九二%の濃硫酸がゴムサツクを破る所要時間は一〇―一六分、九四%の場合は六―八分というのと合わない。以上の如くであるから、本件ダイナマイト等は発火不能であり、本件は不能犯であると主張する。
当裁判所の判断
一 当裁判所は本件犯行に供せられた濃硫酸は同一物を使用したものと認める(市瀬甲子豊の供述調書、前掲証拠38イロ)。従つて判示第一(一)の犯行に使用せんとした昭和二七年証第三七号の八の瓶入濃硫酸と同じものをその他の判示犯行に使用しまたは使用せんとしたものと認める。
二 等々力栄一郎作成の昭和二七年五月二三日附鑑定報告書(前掲16ロ)によれば、判示第一(一)の辰野駅前巡査派出所襲撃に供せんとした濃硫酸(前同号の八)の比重は一・七六(濃度八二・四四%)で、右鑑定は同年五月九日から同月二二日までの間に実施している。また同人作成の同年五月一七日附鑑定報告書(前掲証拠32ロ)によれば、判示第一(二)の辰野地区警察署襲撃に供した火焔瓶(ウイスキー瓶。前同号の一一)中の濃硫酸の比重も一・七六であつて、右鑑定の実施は同年五月九日から同月一六日までの間である。なお右火焔瓶中にはガソリン四〇cc、濃硫酸一三ccが入つている。
三 鑑定人藍原有敬の供述(前掲証拠34イ)によれば、濃硫酸は開栓すれば六日間で二%濃度が低下し、以下比例的に低下すると予想され、再び栓をすると六日間に約〇・二%低下するというのであるが、瓶中に濃硫酸とガソリンを入れるとそれによつて濃硫酸の濃度が低下することも、鑑定人山本祐徳作成の鑑定報告書(前掲証拠33イ)中の「八二・四四%の硫酸一三ccをガソリン六―七〇〇ccに加えるとガソリン中の可溶性成分が硫酸中に溶けこみ、ブドー酒のような赤色に変り濃度を低下する。それで本試料の調製に当つては九六%の濃硫酸をガソリンに加えてよくかきまぜ、ガソリン中の可溶性成分を十分に硫酸に溶けこませてその濃度を八二・四四%にして用いた。この硫酸は黒褐色に色づいている」旨の記載(本件記録四一三二丁)によつて認められ、この場合も日時の経過により濃度を更に低下するものと予想される。
四 そうすると前記等々力鑑定の証第三七号の八の濃硫酸とウイスキー瓶(同号の一一)中の濃硫酸の比重が同一、従つて濃度も同一であるというのは不合理であり、前者を信用すれば後者は誤りであり、後者を信ずれば前者は誤りであるといわねばならない。そのいずれかあるいはいずれもが誤りであるかにわかに断定できないが、差し当り前者は後記の理由により措信することはできない。
五 ところで判示第二(一)及び(二)の東箕輪村及び美和村非持の各巡査駐在所に装置したゴムサツク二枚を使用した時限発火式ダイナマイトについて、その主張の如く警察官等がマツチ等で導火線に点火しこれを爆発させたと認むべき証拠はない。しかもこれが発火し爆発した以上使用した濃硫酸の濃度は二枚のゴムサツクを溶解する能力を有していたものと認むべきである。(判示第一(二)の辰野地区警察署に装置した火焔瓶についても弁護人等の主張する如く警察官がマツチ等で点火したと認むべき証拠はないが、右火焔瓶は前二者と異り発火薬を入れたゴムサツクの外側一枚を破つて穴をあけてあり、火焔瓶を装置した窓からこれを取りのけようとして地上に落下させたりして瓶の口部分がこわれているから、前二者と事情が異る。)
ちなみに本件濃硫酸の犯行当時における濃度を後日になつて確定的に算出することは極めて困難であるけれども、
1 右濃硫酸は被告人福沢が昭和二七年三月下旬倉田良平を介して入手した市販の濃硫酸であること(同被告人の供述、前掲証拠8イロ)
2 市販の濃硫酸は九六%の濃度を有すること(前記藍原鑑定人の供述)
3 判示第一(一)の犯行に供せんとした二枚のゴムサツク入り発火薬を濃硫酸にひたすと二〇分で発火し、ゴムサツク一枚では平均八分を要した実験結果があること(証人岩井三郎、同久保田光雅の各供述。前掲証拠17イ)
4 硫酸の濃度と本件発火薬の発火爆発までの時間につき、次の実験結果があること(前記山本鑑定)
硫酸の濃度 発火爆発までの時間
九四・六% 六―八分
九二・〇 一〇―一六
九〇・四 三五―四五
八九・二 六〇―八〇
八五・八 二時間以上、中止
八四・二 同右
八二・四 同右
5 被告人福沢が同年四月初頃及び同月二七日頃本件濃硫酸のゴムサツクを溶解する能力を試験した結果、二枚のゴムサツクを溶解するのに約一時間三〇分を要したこと(同被告人の前掲供述)
6 右三掲記の濃硫酸の吸湿性とその低下率
7 判示第一(一)の犯行に供せんとした濃硫酸の昭和三四年八月当時における濃度は二七%に低下していること(藍原鑑定人の鑑定書、前掲証拠34ロ)
以上の諸点を綜合すると、本件濃硫酸は犯行当時少くとも九〇・四%以上の濃度を有していたものと認められる。
六 以上の通りであるから、弁護人等の本件は不能犯であるとの主張はその前提を欠いているものと断ずべく、従つて採用できない。
(結論)
以上の理由により、主文の通り判決する。
(裁判官 山本五郎 宗田義久 桑田連平)